大津簡易裁判所 昭和36年(ろ)139号 判決 1963年4月13日
被告人 沢島忠
大一五・五・一九生 映画監督
主文
被告人を罰金三〇、〇〇〇円に処する。
右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(罪となる事実)
被告人は、昭和三五年三月一日から東映株式会社の専属監督となり同会社が製作する映画の監督をしているものであつて、同社企画第一部が製作を企画した村上元三原作「海賊八幡船」を同年春頃鷹沢和善のペンネームで脚色し、同年七月頃同会社京都撮影所より同撮影所が右映画製作のスタツフとして編成した「沢島組」の監督に任命され、じ来スタツフの中心となつて撮影係伊藤武夫、美術係井川徳道、装置係御舘准、装飾係川本宗春、助監督山下耕作・倉田準二・進行主任高岩淡・植木良作その他各係員らと協同して二〇二場面からなる右作品の完成をめざし、ロケーシヨン又はオープンセツトによる撮影等により数多場面の撮影を経て同年九月一〇日脚本(87)「名瀬間切」の場面・即ち海賊が浜辺の部落を襲撃し民家に火を放ち女・財宝等を略奪する光景を撮影することになつたが、被告人が右場面を描きだすために抱いた構想は浜辺に建ては七、八戸民家に擬したセツトを一挙に燃えあがらせ、その周辺で村人に扮した多数のエキストラに逃げ惑わせ、燃えさかるセツトの前面においては海賊となつた演技者に対し女・財宝等を奪つて逃げ去る様を演じさせ、これを長さ四六米余の移動レール上を走るカメラをもつて約二〇秒位のワンカツトで捉えようとするものであつた。
ところで、これより先被告人より右構想と部落の規模や時代考証等を開いたセツトの設計・配置を担当する美術係井川徳道・セツトの建築を担当する装置係御舘准・加藤昭雄、セツトに点火してこれを燃焼させることを担当する装飾係川本宗春らが、各自の経験を活かして同月初頃から前同日午後三時過頃までに滋賀県滋賀郡志賀町大字南浜地先びわこ湖岸において同所の約六・七〇米四方の地域に約八一平方米及び約一〇六平方米の木造板(一部瓦使用)葺セツト二戸約七平方米ないし四一平方米の木造藁葺セツト五戸を各セツト間が最短四・二米最長でも一七・五米の間隔で別紙のように略袋状に建築・配置し、助燃剤として麦藁約二〇束を各セツトに分けて投げ入れ、白燈油一三缶(二三四リツトル)を十分に浸ませたウエスと称するぼろ布を各セツトの柱・屋根・板塀・軒下等に装置し、他方被告人を補佐する助監督倉田準二が当日前記撮影所よつて雇い集められたエキストラ二八五名中約一八〇名を被告人と予め協議した結果に則り各セツト周辺に一応配置して「名瀬間切」撮影の準備がなされた。
そこで、被告人は前同日午後二時三〇分頃「名瀬間切」撮影のため他の場面を撮影していた附近の湖上より前記セツト附近に引きあげ準備の良否を見分して、早速演技者に対する演技やエキストラ達に対し火があがつたときカメラが移動する方向或はその反対方向へ逃げ去る所作等を指導して数回演習を行い、同日午後三時頃いよいよ撮影を開始せんとしたが、浜辺の部落に擬した七戸のセツトは前記の如く僅か六・七〇米四方の場所に最短四・二米最長でも一七・五米しか離れておらず、しかも略袋状に設置されていた上、七戸のセツトのうち五戸は燃えやすい藁葺のものであり、他の二戸の板葺セツトもこれとさして変らない粗雑なのであつたし、燃焼速度の高い白燈油二三四ルツトルが助燃剤として使用されていたのであるから、各セツトの周辺に多勢の演技者・エキストラを配置して全セツトを一挙に燃えあがらせるが如き被告人の構想に従えば、四方忽ち炎の海と化して混乱を招き、殊に袋状のセツト内側のエキストラらは逃げ場を失い、火傷等を負う事故が発生する危険が多分にあり、このような四囲の情況下において苟くも多勢の演技者やエキストに対し演技を命じその指揮・指導をしようとする以上被告人としては自己の指揮指導下にいる演技者やエキストラに対する危害をさけるため、燃焼準備並びに点火行為を担当する装飾係員らにおいて注意検討がなされていると否とを問わず、燃えあがる火勢について周到な注意を払い、点火後の火勢をみきわめてから演技者・エキストラらに対し所定の位置に行くことを命ずる等して一斉に点火がなされる以前からセツト周辺に演技者・エキストラらを配置しておくことはさけるべきであり、人員についても火勢と場所面積を考慮して適宜繰り入れもし撮影上予め配置しておく必要があるのなら、装飾係員に火勢の抑制を求めるとか順次点火の方法を求めて徐々に火勢を見きわめる等して不測の事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これまでしばしば火災場面の撮影をしたが事故がなかつたことから安易な気持を抱き各セツト周辺を一巡して点検したのみで、四方忽ち炎の海と化するような事態は生じないものと軽信し、叙上の措置をとることなくして約一八〇名もの多勢な演技者・エキストラを予めセツト周辺に配置したまま進行主任植木良作をして一斉点火並びに撮影開始等の合図をさせた過失により、合図を受けた装飾係員らが各セツトに一斉点火したところ瞬く間に各セツトは猛烈な勢いで一時に燃えあがり、火勢に耐えかねたセツト周辺の出演者らを異常な混乱に陥いれ、よつて右火災による輻射熱及び対流伝熱により、又混乱のための転倒によつて別紙被害一覧表のとおり、宮本富久外四四名に対し治療一日ないし一五三日間を要する両耳介前額部火傷等の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(略)
(本件事故の原因)
武上善信の鑑定書、検察官に対する供述調書及び同証人尋問調書を綜合すると同人の意見要旨は、
(一) 七個のセツトに同時に点火したことは、一個づつ順次点火した場合よりも一時に七倍(各セツトの熱量が同じと仮定)の熱量を発散するのでそれだけ危険が多い。ただし本件程度の火災では燃焼する各セツトの火勢が互に他のセツトの火勢によつて更に強められる現象は生じない。
(二) 助燃剤白燈油の使用方法、使用量が本件事故に決定的な影響を持つたものとは考え難い。
(三) 本件においてはガス爆発的な現象が認められるが、それは爆発ではなく白燈油が激しく燃焼して炎を吹き出す状態を伴つたため、一見爆発したかの如く感じられたにすぎずこれが対流による伝熱量を増大せしめる作用をするその程度は計ることができない。
このような現象は白燈油の使用量が大きい場合に当然起りやすい。
と云うのであつて、本件七個のセツトが一斉に瞬く間に燃え上つたのは七個のセツトに同時に点火が行われたこと、着火剤の白燈油が決定的な多量にすぎたとは云えないまでも右のような燃焼状態を起す可能性がない程小量でなかつたため、点火がされ燃焼がはじまるや燃焼温度の上昇に伴い化学の方式に則り加速度的に燃焼速度を高め遂にはこれが炎を吹き出し激しく燃え広がつたことによるものと推認され、しかして各セツトの構造は判示の如く藁葺木造或は板(一部瓦使用)葺木造の粗雑な建物であり、建物としては燃えやすいものであつたことは明らかであつて(セツト立体図、実況見分調書)全可燃物がきわめて短時間に燃焼し、その火炎は平均八〇〇度位のものであつて生成された熱は輻射により又高温度の廃気と対流を起して周囲に逸散し、輻射によるものはセツトより三米の地点で略四〇秒間、対流によるものは僅かに五、六秒間でそれぞれ火傷する程の熱量であつたことが認められる。
ところで判示の如く本件の各セツトは狭い場所に近接して略袋状に配置されておりその上被告人の指揮により少くとも一八〇名以上に及ぶ多勢の演技者・エキストラがその周辺に位置していたものであり、彼等が一旦危険にさらされれば異常な混乱に陥ることは想像に難くないところ、果して前掲現場見取図並びに通行経路と題する書面、片岡久司の各供述調書等によれば、彼等は先を争いセツト列外へと逃げ出し、大方の者は難を免れたが本件セツト1.3.4.7.2.1.を結ぶ内側においては本件被害者等が相互に錯綜し、転倒して踏みつけられる者もでるありさまであつて、かくて混乱している間に火傷等を負うたことが認められ、要するに本件事故は同時点火及び決定的とは云えないが相当多量の白燈油の使用、セツトの素材構造により本件の各セツトが瞬く間に一斉に炎上したことに加えて袋状に配置したセツト、多勢の演技者エキストラを予め配置して使用したによるものである。
なお、弁護人は自然蒸発した白燈油の油蒸気と空気中の酸素の混合状態が白燈油の揮発性からして通常ありえないが本件においては意外にも爆発に似た急速燃焼するのに適合した値になつて滞留していたためこれが引火して爆発したかの如き急速度の燃焼をして、よつて生じた対流伝熱により本件火傷事故が起つたものと云うのであるが、点火係員らの中には各担当セツトにおいてウエスに点火源を近ずけてみても燃えないので点火箇所を別のウエスに変えている者、又数か所のウエスに順次点火して後セツトを離れている者もいるのであつて各セツトについてそれぞれ一点々火と同時に周囲が引火的に燃焼したとうかがわしめる事実はなく、(甲田豊の検察官に対する供述調書、辻村吉弘の司法警察員に対する供述調書、証人川端清員の尋問調書、同森明の当公判廷における供述)白燈油の性状から(引火点摂氏五〇ないし七〇度)加熱でもしなければその油蒸気は稀薄にすぎ燃焼範囲に及ぶ濃度のものは生じないこと(証人武上善信は、この点について気温の少々の差や土地が砂地であろうとこれらが白燈油の燃焼状態に影響しないと供述。)等に照らし肯認できない。
(火傷の危険性)
本件全セツトに一斉点火なされたときの火傷の危険性は武上善信の鑑定書及び当公判廷における供述によれば(一)、前記の如く全セツトが一斉に燃えている場合輻射熱によつてはセツトより三米の地点で略四〇秒間受熱したとき又輻射熱に加えて火炎よりの廃気或は温められた空気(熱気)の対流に接触した場合はこれが全セツトが一斉に燃えあがつているようなときのものであると僅か五、六秒間で火傷の危険がある。(二)、対流による熱気の接触は常時あるわけではないが可燃物の燃焼速度が低く長い時間かかつて燃焼し尽す場合には火傷する程の熱気の対流は起らないのであつて、その反対に燃焼時間が短かければ短い程高い温度の熱気の対流が起り危険は増大する。と云うのであり、要するに全セツトが一斉に燃えた場合にはその危険性は多分にあるものと認められる。
(予見の可能性)
結果の予見可能性は事案の客観的状態において検討すべきものであるところ、前掲、証人植木良作、同川本宗春の当公判廷における各供述等の証拠によれば助燃剤の白燈油(二三四リツトル)を十分浸ませたウエスが、1セツトのカメラレールに面した北側と東側、2セツトの北側と東側、3セツトの東西両側と北側、4セツトの北側と東側、5、6セツトのそれぞれ北側と西側及び7セツトの北側にそれぞれセツトの大きさに応じて配分装置されていた上、各セツトの素材構造も燃焼しやすいものであつたのであるから(3セツトの点火を担当した辻村吉弘が合図を取違えて他の点火係員に先立ち点火したため、点火したウエスを叩き落したところ、すでに火は藁屋根に燃え移つてしまつた事実、辻村吉弘の司法警察員に対する供述調書)一斉に点火すれば全セツトが瞬く間に一時に燃えあがることは当然であつて、本件セツトの規模やその周辺に配置した演技者エキストラの人数を併せ考えれば、これが火傷等の危険にさらされることは予見しえないことではなく、植木良作・川本宗春の検察官に対する各供述調書によれば現に進行主任植木良作及び装飾係川本宗春は本件の如く多数の被害者がでるとは思わなかつたけれども、危険ではあると感じていた旨供述しているのである。
(本件ロケーシヨンにおける被告人の地位)
前掲被告人及び証人岡田茂、同松田定次の当公判廷における各供述等によれば、映画製作が企業化した現在における映画監督なる者は演出のみを担当しているものであつて作品の完成をめざしスタツフの一員としてその業務を遂行するものであり、他係員とは相互協力関係にあり、その指揮監督までしているものではないことが認められ、そして本件「名瀬間切」のロケーシヨンにおいても、判示事実の如く美術係・装置係・装飾係等は、協力的立場から、被告人の意図構想を把握し或はその要望を容れこれにそうべく本件セツトを建築配置し、その燃焼準備をしたのであつて被告人が右係員らの上位にあつて指揮者的立場からその指示命令をしたものではないから、被告人が本件ロケーシヨンの総指揮者であるとの見地から本件事故の責任を追求することはできない。しかし、被告人は演出者として本件ロケーシヨンに加わり、自らの構想に従い業務として炎上する各セツト周辺へ多勢の演技者・エキストラらを近寄らしめた者であり、セツトの炎上を担当する装飾係川本宗春とは、双方の業務が相まつて危険化する関係であるからして相互によつて生ずる危害の有無につき配慮してその防止にあたるべきは条理上当然のことであり又諸般の証拠上、進行主任植木良作が会社の安全管理者に代つてその任務についていたと認められるが、安全管理者制度制定趣旨にかんがみればこれによつて現実に危険な業務に関与している者がその防止義務を免れるものでないことは明らからであつて加えて被告人は他係員とは相互協力関係の立場からとは云え、前掲被告人の検察官に対する供述調書及び証人井川徳道の当公判廷における供述、川本宗春の検察官に対する供述調書によれば、演技者・エキストラを駆使したにとどまらず、セツトの配置について美術係井川徳道と図面にもとずき具体的意見を交してその決定に加わり又セツトの燃焼方法についても装飾係川本宗春に対し「七、八軒一度に燃してほしい」旨の申入れをしているのであつて、本件ロケーシヨンにおける火事場の造成にも関与しこれが他係員に対する単なるサービス行為でない以上、本件の危害防止につとめ業務上の注意義務はあるものと云わなければならない。
(法令の適用)
刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条・第三条
刑法第五四条第一項前段第一〇条(観念的競合)
罰金刑選択の上、山口田鶴に対する罪の刑を以て処断
刑法第一八条第一項(換刑処分)
刑事訴訟法第一八一条第一項本文
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山忠雄)
(別紙) セツト配置図<省略>
被害一覧表(略)